正則行列の極形式表示
はじめに
正則行列は複素数の極形式のように表すことができます。 行列と複素数は似ているねという話です。
正則行列の極形式表示
複素数$z \in \setC$、$z \neq 0$は実数$r > 0 $と$\theta \in \setR $を用いて$z = r e^{i \theta} $と極形式で表示できます。 ($r = |z|$は一意に定まりますが、$e^{i(\theta + 2k\pi)} = e^{i\theta}$ ($k \in \setZ$) であるので$\theta$には自由度があります。)
上の命題から、正則行列についても複素数の極形式と同じように表示できることがわかり、行列と複素数が類似しているといえます。 $\A $ が正則であることは、$z \neq 0 $、すなわち逆元をもつことと似ています。 随伴行列は複素数における共役複素数に相当する概念だと考えると、 エルミート行列$\H $は$\H^{\adjoint} = \H $が成り立つから、複素数でいえば複素共役をとっても変わらないことに対応し、エルミート行列は複素数における実数のようになっています。 また、正定値エルミート行列$\H \succeq 0 $は正の実数に対応しているといえます。 $\A = \R \exp(i\bTheta)$という表示は、$\R \succeq 0 $が$\A$の絶対値のようなものであり、$\exp(i\bTheta)$が偏角を表す部分のようなものであるといえますね。
(行列指数関数や正定値行列を知らない人のための補足)
行列の指数関数は$\exp(\A) = \lim\limits _ {N \to \infty} \sum\limits _ {k=0}^{N} \frac{1}{k!} \boldsymbol{A}^k $で定義されます。
行列の極限$\lim\limits _ {N \to \infty} \B _ N = \B $は
$\B _ N $の各成分が$\B $の対応する成分に収束することを表します。
エルミート行列$\H \in \setCmat{n}{n} $が正定値であるとは、任意の$\x \in \setCvec{n} $、$\x \neq \zerovec $に対して$ (\H\x, \x)_{\setCvec{n}} = \x^{\adjoint} \H \x > 0 $が成り立つことをいいます。 エルミート行列$\H $が正定値であることと$\H$の固有値がすべて正であることは同値です。
証明
上の命題を示すためにいくつか命題を示します。
このとき、$\U = \H^{-1} \A $とおくと、$ \U$はユニタリ行列である。 実際、 $\U\U^{\adjoint} = \H^{-1} \A \A^{\adjoint} \H^{-1} = \H^{-1} \H^2 \H^{-1} = \I $である。 よって$\A = \H\U $と表すことができた。
$\H$と$\U$の一意性の証明は省略。
この証明からも$\A = \H\U$は複素数の極形式と類似していることがよくわかります。 $\H = \sqrt{\A\A^{\adjoint}} $は複素数の絶対値$|z| = \sqrt{z \bar{z}} $と似ており、$\U = \H^{-1} \A $は複素数を絶対値で割って偏角部分だけを取り出すことと似ています ($e^{i\theta} = \frac{z}{|z|} $)。
よって、$\U $の固有値は、実数$\theta_1, \theta_2, \dots, \theta_n \in \setR $を用いて$e^{i\theta_1}, e^{i\theta_2}, \dots, e^{i\theta_n} $と表すことができる。 $\U $をユニタリ行列$\P \in \setCmat{n}{n} $を用いて $\P^{\adjoint} \U \P = \D = \diag(e^{i\theta_1}, e^{i\theta_2}, \dots, e^{i\theta_n}) $ *1と対角化する。 $\D = \exp(i \diag(\theta_1,\theta_2, \dots, \theta_n )) $であるから、 $\bTheta = \diag(\theta_1, \theta_2, \dots, \theta_n) $とおくと$\D = \exp(i \bTheta)$であり $\U = \P \exp(i \bTheta) \P^{\adjoint} = \exp(i \P \bTheta \P^{\adjoint}) $となる。
ゆえに、$\H = \P \bTheta \P^{\adjoint} $とおくと$\H$はエルミート行列であり$\U = \exp(i \H) $となる。
この命題から、ユニタリ行列 $\U$ は、絶対値が$1$の複素数のようなものだといえます。 ユニタリ行列は回転を表す行列であるという点でも絶対値が$1$の複素数に似ています。
この2つの命題から冒頭の命題はすぐに得られます。
おわりに
正則行列を複素数の極形式のように表示できることを紹介しました。 行列と複素数が類似していて面白いですね。
参考文献
*1:$\diag(a_1, a_2, \dots, a_n) \in \setCmat{n}{n}$は、対角成分が左上から$a_1, a_2, \dots, a_n$であり、その他の成分が$0$である対角行列を表す。